岩澤さんがアナウンサーになろうと思ったのは、同じ仕事の繰り返しに、仕事の情熱を失いかけていたことがきっかけだった。
元々、小学校のときに放送委員会に入っていた。
「放送委員会といっても、お昼に給食の献立を読み上げたり、下校時間に“下校時間になりました。みなさん、気を付けて帰りましょう”というだけで、普段はソフトボール部だったんです」
中学、高校とソフトボール部。高校を卒業すると、公務員試験に合格、藤枝警察署に勤務。交通課、婦人交通指導員になる。
「巡視員で、折鶴を折って交通安全祈願をしたり、あさりの貝殻でお守りを作ったりしていました。それから、交通太郎くんと呼ばれている人形を使って、幼稚園などで腹話術をしたり、ハッキリいって、いっこく堂さんより、私のほうがうまいかも(笑)。そのほかには、小学校にいって自転車の乗り方を教えたり…、でも、ほとんど毎日、折鶴を折っていたイメージしかないんです」 |
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