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PROFILE 河内牧栄さん、真樹子さん<カワウチ・マキエイ、カワウチ・マキコ>アラスカ内陸および北極圏をフィールドとしたネイチャーツアーを提供する会社「ネイチャーイメージ」主宰。経験と独自の視点から既成のマスツーリズムにとらわれないネイチャー&エコツーリズムを実践。また、新聞、雑誌、書籍、ガイドブック等への写真提供、執筆のほか、取材コーディネイターとしての活動も行っている。

河内牧栄さん真樹子さんご夫妻

アラスカに魅せられて

 1997年に訪れた北極圏の自然に魅せられ、2003年にアラスカ移住した河内牧栄さん。そして一方、真樹子さんは高校時代から極北の自然に憧れ、大学卒業と共に山岳会に所属、冬山を始めアウトドア技術全般を習得。1988年に初めてのアラスカへキャンプ一人旅したのをきっかけに、1994年永住ビザを取得し、OLを辞め念願のフェアバンクスへ移住。
  お二人は現在、体験型ネイチャーツアーを企画催行する「ネイチャーイメージ」を主宰する傍ら、アラスカを中心にした豊富な旅の経験を生かし、アラスカの新しい魅力を伝える活動をしています。

  日本とはまるで違う生活圏に暮らす河内さんご夫妻。冬にはマイナス50度にもなるという極寒の地で、そして手付かずの自然があふれる場所で、いったいどんな毎日をお過ごしなのでしょうか。
  今回は、初の写真展開催のための凱旋帰国を前に、真樹子夫人にお話をうかがいました。



運命の出会いと結婚

 まるで別々の形でアラスカと触れ合ったお二人が、出会うこととなったきっかけは?
  「私は1994年にフェアバンクスに移住し、1995年には自分の会社「ネイチャーイメージ」を立ち上げ、アラスカで初めての「オーロラ記念写真ツアー」などを細々とやっていましたが、それだけでは生計を立てられなかったため、しばらくアルバイトもしていたんです。そのひとつが、北極圏の村べテルスにあるロッジの仕事でした。ほとんどはフェアバンクスでのオフィスワークなどでしたが、ときどき日本人のお客様で忙しい時期は現地べテルスへ行っていました。そこではじめて主人と出会ったのです」
  それは1997年の夏のこと。実は牧栄さん、6年勤めた会社を退職し、失恋の傷を癒すために、カヤックでの単独川くだりを計画し、ベテルスを訪れていたのだそうです。
  「モンゴルかアラスカかと悩み、どういう訳かアラスカを選んだようですね。右も左もわからずフェアバンクスにやって来て、泊まったホテルで働いていた日本人スタッフに色々とアドバイスを受け、べテルスがいいだろうということになってやってきたのでした」
  べテルスとは、北極圏原野への川、山旅の基点となる村。牧栄さんの川旅は10日間ほどの日程だったものの、その後しばらくべテルスに残り、時間のあった真樹子さんとともに一緒にハイキングしたり、カヌーをやったり、オーロラを見たりして過ごしました。そして、牧栄さんの帰国直前には黄葉の綺麗なデナリハイウェイへ。この頃には、「結婚しよう」という話になっていたというから、まさに運命といえるのかもしれません。

 そして翌98年春、先に永住権を取得し、フェアバンクスで生活していた真樹子さんが一時帰国して入籍。現在は、3歳になる息子さんとの3人暮らしを楽しんでいらっしゃいます。



ワーキングホリデーからはじまった海外生活

 さて、学生時代にはワンゲル部に所属していたという真樹子さん。なぜそれほどまでにアラスカに惹かれたのでしょうか?
「もともと高校時代、生物の先生が大好きになり、それがきっかけで生きものや生命の仕組みなどに興味を持ちました。大学では臨床検査技師の資格が取れる学科にいたのですが、その職業にあまり執着していたわけではなかったんです。そこでクリエイティブな“ものづくり”がしたいという気持ちもあり、医学書の出版社へ入社。そこで働いているときに、ワーキングホリデー制度を知り、年齢制限ぎりぎりの25歳のときにカナダに渡りました」
  そして北国に憧れを抱き、「カナダへ行ったら、ユーコンとアラスカに絶対行かなくちゃ」、と心に決めていた真樹子さんは、カナダへ渡った1ヵ月後には、バンクーバーからバスで北上し、カナダ・ユーコン準州のホワイトホースへ向かいます。
秋の湖面に映るオーロラ「ザックに寝袋、キャンプ道具一式を詰め込んだ旅でした。ホワイトホースからバスでアラスカのへインズまで行き、そこでキャンプし、近くの山へハイキングに行ったのですが、キャンプ場で夜、空に白っぽい光が見えました」
  まわりの人に「ノーザンライツよ」と教えられたものの、「ノーザンライツって?」と、初めはなんの意味だかわからなかったという真樹子さん。そう、ノーザンライツとはオーロラのこと。これが真樹子さんにとっての初のオーロラ体験だったのです。
「このとき、オーロラをノーザンライツと呼ぶことも初めて知りました。8月でしたし、この旅でオーロラは期待していなかったのですが……」
  オーロラを見ると人生観が変わる。そういう人もいますが、真樹子さんにとってもとても貴重な体験だったのでしょう。

  カナダでの1年間のワーキングホリデーののち、アメリカ旅行を経て、日本へ帰国。5年間ほど、出版社や研究所で働いていた真樹子さんに、またしても転機がめぐってきます。それは雑誌で見つけた「アメリカ永住ビザの抽選」の記事。帰国後も、いつかまた行きたい、できれば住みたい、と思っていたアラスカ〜極北カナダに思いをはせながら、食い入るようにその記事を読み、応募方法を調べたといいます。
「当時は満員電車に揺られ、クタクタになって帰ってくると、必ず星野道夫さんや佐藤秀明さんの写真を眺め、人生が同じ70年なら、その限られた時間の中で、自分の目でこうした風景を見てみたい、体験したい。何千、何万という動物の群れに出会いたい、と願うようになっていました。極北に棲む生き物や先住民の人々にも興味は湧く一方でした。そうこうしているときに永住ビザのことを知ったのです」
  応募から4ヶ月目。当選を告げる封書が舞い込んで来たときは、信じられない気持ちとうれしい気持ち、また、反対するだろうと思われる親をどう説得しようという不安などが入り混じり、それでもこんなチャンスはもう一生に二度とないと思い、アラスカ行きを心に決めた真樹子さん。着々と準備を水面下で始めました。そしてさまざまな手続き、条件をひとつずつ丁寧に、根気よくクリアし、ついに1994年1月11日に最終面接、20日に仕事を退職、31日にはアラスカの地を踏むこととなります。

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