【介護コラム12月(家族と介護)】
年末年始をどう過ごすか。
大晦日は家族と年越しそばを食べながら紅白歌合戦を観て、除夜の鐘が鳴ると同時に、初詣に出かける。正月には親族が集まりおせちを食べながら朝から晩までお酒を飲む。
届いた年賀状を見て、懐かしい顔ぶれを思い出す。こたつで寝転がって外を眺めると、
子供たちが凧揚げに興じている。うたた寝をしていると、玄関のチャイムが鳴り、友人が訪ねてくる。馬鹿話をしながら、またお酒を飲む・・・・・・。
おそらく、こんな年末年始が、誰もが思い描く過ごし方ではないでしょうか。サービス業ではない会社の営業マンだった私も、こういう過ごし方を生涯続けるのだろうと、ホームヘルパーの仕事をするまで思い描いていました。職業柄、年末年始の訪問日程をどうするかは、悩ましいものです。年末年始と言っても、実際は今週が来週になるだけですが、これが悩ましい。出来ることならお正月くらいは、スタッフ全員休みたい。休むと、定期訪問に空白が出来るわけですから、困る利用者の方も出てきます。24時間年中無休を掲げられるほど大きな事業所ではないもので、利用者の方に不便を掛けてしまいます。
家族が身近にいらっしゃるか、いらっしゃらないかが大きな分かれ道になります。
家族が身近にいらっしゃらなくて、一日を一人で過ごせない方は、どうしても誰かの手助けが必要になります。その役割を担っているのがホームヘルパーなのでしょう。ホームヘルパーがいなかった昔は、どうしていたのでしょう。家族のいないお年寄りはどうしていたのでしょう。隣近所の人が身の回りの世話をしていたのでしょうか。
近所に世話をする人もいないお年寄りは、施設に入っていたのでしょうか。
家族にも隣近所の人にもなれないホームヘルパーが必要とされる今の世の中は、
社会保障制度の充実した世の中になってきたと言い換えて、喜ぶべき事なのでしょうか。お金で解決できるなら、お金で解決したい。それが家族・隣近所の人ではなく、国民全体で支え合う制度であるなら、こんな良いことはない、と。今の世の中は、分業社会である、と。
「身の回りの世話」という、本来は自分自身が、あるいは身近な人が無償で行ってきたことが、有償になった世の中。ホームヘルパーは家族にも隣近所の人にもなれませんが、家族も隣近所の人もホームヘルパーになることは出来ます。ホームヘルパーとは、「身の回りの世話」が出来る人です。もし国民一人一人がホームヘルパーになったとすれば、
職業としてのホームヘルパーは存在する必要がなくなります。これを世の中の前進と取るか、後退と取るか。
わかりませんが、身体的には、いたって真っ当な人間になるような気がします。
とりとめもない話になってしまいました。年末年始の訪問日程を作っている中で、家族について考えてしまいました。最後に私の事業所の特色を謳った一文を載せて、今年のコラムを終わります。良いお年をお迎え下さい。
『私たちは、高齢期になっても住み慣れた地域で安心して生活できるよう、
地域に住む専門スタッフがお年寄りの介護を担う仕組みを広めることで、
健やかな地域づくりに貢献してまいりたいと思っております。』
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